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甲斐優斗の中学や高校はどこ?出身大学や学生時代のエピソードも!

甲斐優斗(かい・まさと)選手はどこの中学と高校を卒業した?出身大学は専修大学で学生時代のエピソードは発掘された?など様々な話題を深掘りしていきます。

男子バレーボール界待望の新星として大きな期待を集めている甲斐優斗選手への関心がかなり高くなっていますから、まずはどこの中学出身なのかを調べていきましょう。

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甲斐優斗の中学

甲斐優斗選手の出身中学は延岡市立延岡南中学校です。

・出身中学は延岡南中学校
・バレーボール部所属だったが、全国大会での実績なし
・攻守両面で存在感発揮

生まれ故郷が宮崎県の甲斐優斗選手は公立の延岡市立延岡南中学校出身ということが分かっていて、攻撃と守備の両方で存在感を発揮する柔軟なプレースタイルを信条としていました。

延岡南中学校バレーボール部時代の甲斐優斗選手は全国大会などで活躍することはできていまsねん。

でも、攻撃的なアウトサイドヒッター(OH)のポジションを無難にこなすだけでなく、レシーブやトスなど補助の役割もしっかりとこなしていて、センスの高さをまざまざと見せつけていたようですね。

公立校の延岡南中学校出身だったことが判明した甲斐優斗選手は、中学卒業後にどこの高校に進学したのでしょう?

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甲斐優斗の高校

甲斐優斗選手の出身高校は日南振徳高校です。

・日南振徳高校へと進学
・初出場した2021年高校総体でベスト8入り
・2022年春高バレーでもベスト4進出し、優秀選手に選出

中学校時代に引き続き、高校も地元の公立校・宮崎県立日南振徳(しんとく)高校に通っていた甲斐優斗選手。

日南振徳高校の最新偏差値は「42」でそこまで高くありませんけど、甲斐優斗選手は学力を重視するのではなく、バレーボール部を続けられる環境を求めた結果、進学先が日南振徳高校になった、という流れだったのでは?と予想しています。

延岡南中学校では全国大会での実績がなかった甲斐優斗選手ですが、日南振徳高校では初めて高校総体出場を決めると、いきなりベスト8入りの快挙を果たし、一気に知名度が高まったとのこと。

2022年春高バレーにも出場していて、チームをベスト4進出に導いただけでなく、甲斐優斗選手は優秀選手にピックアップされ、将来の日本代表候補として大きな期待を集めることになりました。

春高バレーベスト4という堂々たる成績を残した日南振徳高校時代の甲斐優斗選手ですけど、その後の進路は実業団入りではなく、専修大学進学という道を選択しています。

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甲斐優斗の大学は専修大学

甲斐優斗選手の出身大学は専修大学です。

・専修大学経営学部に在学中(2023年6月時点)
・2学年上の兄は専修大学バレー部の主将を務めている
・大学1年で初の日本代表入りを果たす

日南振徳高校卒業をきっかけにして、上京することになった甲斐優斗選手は2学年上の兄・孝太郎選手がバレー部主将を務めている専修大学経営学部(偏差値57)へと進学しました。

関東圏のバレーボール強豪大学というと、早稲田大学や中央大学、筑波大学といったあたりが思い浮かびますが、春高バレーの優秀選手に選ばれた甲斐優斗選手であれば、強豪チームからのオファーが殺到していた可能性もあります。

そんな中、あえて兄・孝太郎選手も通っている専修大学を進学先に選んだ甲斐優斗選手なのですから、兄・孝太郎選手と切磋琢磨しながらプレーの精度を上げていきたい、と考えたのかもしれませんね。

専修大学に入学したばかりの2022年に初めての日本代表入りを果たすと、ネーションズリーグ2023では日本代表の主軸として申し分ない活躍を見せ、破壊力抜群の”甲斐キャノン”を何度も炸裂させていました。

男子バレーボール・日本代表の顔にもなりつつある甲斐優斗選手ですが、学生時代にはどんなエピソードが存在しているでしょうか?

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甲斐優斗の学生時代のエピソード

甲斐優斗選手の大学までの学生時代のエピソードはオポジットへのコンバートがあったり、コロナ禍で身長が伸びたりした話があります。

高校時代にオポジットを経験

・日南振徳高校時代にコンバートを命じられる
・アウトサイドヒッターには実力上位の選手が多かった
・後衛からバックアタックを仕掛ける「オポジット」を経験

ネーションズリーグ2023でアウトサイドヒッターのポジションを務め、日本代表の貴重な得点源になっている甲斐優斗選手ですけど、日南振徳高校にはアウトサイドヒッター失格と判断され、別のポジションにコンバートされていたのです。

コンバートの理由は「他に実力上位の選手がいるから」という厳しいもので、背の高さを活かしたミドルブロッカーだけでなく、後衛からバックアタックで得点を奪っていくオポジットのポジションを任されたとのこと。

アウトサイドヒッターに強いこだわりがあった甲斐優斗選手ですが、チーム方針に従う形でオポジットのポジションを無難にこなした結果、これまで以上に攻守のバランスが向上。

アタッカーでありながら、レシーブの精度にも定評がある甲斐優斗選手は、日南振徳高校時代にオポジットのポジションを経験したことが守備力アップにつながったのは言うまでもないでしょう。

コロナ禍で身長が200cmまで伸びる

・高校進学直後の身長は185cm
・コロナ禍の影響で200cmまで身長が伸びた
・練習できない時は大体寝ていた

延岡南中学校を卒業し、日南振徳高校へと進学した直後の甲斐優斗選手の身長は185cmだったそうです。

高校1年生の段階で身長が180cmをオーバーしているだけで凄いことですけど、コロナ禍で休校や部活動休止の場面が多くなった時、さらに背が15cmも伸びて、大台の身長200cmに到達した甲斐優斗選手。

自宅でトレーニングをしていた可能性がありますが、甲斐優斗選手曰く「コロナ禍で学校に行けない時は大体寝ていた」と語っていて、睡眠を積極的にとることで身体がグングン成長していったようです。

コロナ禍でも自分を見失うことなく、あくまでもマイペースな生活を続けた結果、身長が200cmまで伸び、唯一無二のバレーボール選手に覚醒した甲斐優斗選手の更なる活躍に期待したいです。

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まとめ

甲斐優斗選手の学歴をまとめると、延岡南中学校卒業後に日南振徳高校へと進み、春高バレーでベスト4進出を果たしたほか、優秀選手にも選ばれ、能力の高さを発揮しています。

出身大学は兄・孝太郎選手と同じ専修大学で、高校時代のコンバートのおかげでレシーブ力が向上したことやコロナ禍で身長が200cmに到達したことなど、興味深い学生時代のエピソードもご紹介しました。

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